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2023年5月24日

【漁業経済学会第70回大会 ミニシンポジウム】
内水面における漁場管理の展望と課題

開催趣旨

櫻井政和(水産庁)

我が国の内水面(河川、湖沼)においては、漁業法に基づき第五種共同漁業権の免許を受けた内水面漁協が、増殖事業や遊漁者サービス等の漁場管理を行っている。本年秋には共同漁業権の一斉切替が行われ、多くの内水面漁協が今後10年間にわたり漁場の管理を続けていくことになる。
 ここで足許の内水面漁場・漁協をめぐる状況をみると、組合員の減少や高齢化が進展していることに加え、アユ遡上の不安定化やカワウによる食害の多発など、従来から問題とされてきた事態の深刻化が認識される。
 一方、漁場管理ツールとしての電子遊漁券の普及が進むとともに、内水面漁協の運営や遊漁者の意向・動向、国民の内水面漁協に対する期待等に関する社会科学系の優れた研究成果が多数公表されたことにより、現場の実態を的確に把握・分析する体制や手法の整備が進展している。
 こうした現状を踏まえ、今回のミニシンポジウムでは、主に研究、現場調整、行政に携わる中村、瀬川、鈴木の各会員に報告をいただくことになった。これらの報告の中で、内水面の漁場管理における課題や対応方策が提示されることになる。
 コメンテーターを加えての総合討論では、提示された課題等を共通認識として、今後の漁場管理の展望や管理の主体となる内水面漁協の対応等について議論する。
 内水面の現場が抱える課題は、多様であることに加えて根深く、かつ、長期化しているものが少なくないが、上記の議論を通じていくつかの対応方向性を示すことにより、幅広い関係者による更なる議論と取組みの実践に向かう展開の一助としたい。


【開催要領】

  1. 会場:東京海洋大学品川キャンパス大講義室
  2. 日時:6月11日(日)14:00~16:30
  3. 司会・コ-ディネイター:櫻井政和(水産庁)
  4. 報告
     第一報告:中村智幸(水研機構)
     第二報告:瀬川貴之(一般社団法人 Clear Water Project)
     第三報告:鈴木聖子(水産庁)
  5. コメント
     大森正之(明治大学)
     工藤貴史(東京海洋大学)
  6. 総合討論

【報告要旨】
日本における内水面の漁場管理の現状

中村智幸(水産機構 水産技術研究所)

本シンポジウムのテーマである内水面の漁場管理の「漁場管理」には、漁業や遊漁の場である河川湖沼の物理的環境(例:水量、水深、底質)、化学的環境(例:水質)、生物的環境(例:餌料生物、外来魚、カワウ)の管理や保全だけでなく、採捕規制(漁獲制限ともいう)、水産資源の増殖(いわゆる増殖)も含まれると演者は考え、論を進める。
 河川湖沼は水産的に内水面と呼称されることが多い。内水面の漁場管理は、多くの国では国や州、県等の公的機関により行われているが、日本では内水面の漁業権である第五種共同漁業権が設定された漁場(漁業権漁場)については漁業権者(漁業権が免許された者)である漁業協同組合や漁業協同組合連合会(以降、漁協)により行われる。漁業法の規定により、都道府県知事や農林水産大臣は漁協に免許した漁業権を取り消さなければならない場合もあるが、多くの場合漁協に対して指導や監督を行うのにとどまり、日本の内水面の漁場や水産資源、漁業、遊漁に対する漁協の役割や権限は大きい。
 2021年度末時点の全国の漁協数は内水面796、海面(沿海)873であり、内水面漁協は少なくない。また、2018年の内水面漁協の正組合員数は271,167人であり、30万人近い。内水面、海面に関係なく、漁協の目的は水産業協同組合法に「組合は、その行う事業によってその組合員又は会員のために直接の奉仕をすることを目的とする。」と規定され、水産庁が示す漁協の模範定款例の第一条に「この組合は、組合員が協同して経済活動を行い、漁業の生産能率を上げ、もって組合員の経済的社会的地位を高めることを目的とする。」と記されている。このように、漁協は組合員のために存在する。
 漁業の本来機能は食料としての水産物の供給であり、内水面漁協も漁協や組合員の活動を通してその機能を担っている。また、内水面漁業には本来機能の他におもに次のような多面的機能がある:健康増進や医薬品・健康食品等の原料供給の機能、自然環境や生態系の保全の機能、所得や雇用の創出・維持、文化の創造・継承の機能、水難救助や防災の機能、親水レクレーションの促進の機能、教育や啓発の機能。内水面漁協はこれらの機能をすでに果たしていたり、今後果たしたりする可能性を有している。
 日本では外来生物法(特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律)の規定によりバス類等の野外への放流が禁止され、例えば愛知県では県条例(自然環境の保全及び緑化の推進に関する条例)によりカラドジョウ等の放流が禁止されているが、法律や条例等で禁止されていなければ漁協以外の者(団体等を含む)でも魚類等を河川湖沼に放流できる。また、必要に応じて河川管理者の許可を得れば、漁協以外の者でも魚類の産卵床や産卵場を造成できる。お願いの形式のものであれば、漁協以外の者でも魚類等の採捕のルールを定めることができる。漁協でなければ遊漁者から遊漁料を徴収できないが、強制力のない協力金のようなものであれば漁協以外の者でも遊漁者から釣り等にかかる料金を受け取ることができる。しかし、漁業権漁場において漁協以外の者が漁場管理を行うと漁協との間に軋轢が生じる可能性があり、漁協はその者を漁業法の規定による「漁業権の侵害」で告訴するかもしれない。そのため、漁業権漁場における漁場管理は漁協が行い、漁協以外の者が漁場管理を行いたい場合は漁協をサポートするという形式が無難であると考えられる。ただし、漁協については組合員の減少や高齢化、収入の減少等が進行しており、漁場の管理能力の低下が懸念される。
 日本の内水面の漁場管理のアウトラインはおよそ以上のとおりであるが、本シンポジウムにおいて演者は内水面の漁業、遊漁、漁協等の現状を報告し、シンポジウム参加者の基本的な共通認識の醸成に努める。

内水面漁業・遊漁の構造的問題と再活性化提言

瀬川貴之(一般社団法人ClearWaterProject)

内水面漁協の数は2021年度末時点で796あるが、近年年平均5件前後のペースで減っており、内水面遊漁者の数も遊漁券販売量で見ると年平均約3%の減少を続けている。内水面漁協に向けたアンケートでは、10年後の組合運営は経営悪化か消滅・合併で半数弱、現状維持やわからないを含めると9割以上と、多くの内水面漁協ではほぼ諦めに似た心境を抱えて運営している。このような漁協・遊漁合わせた内水面業界全体の流れを、構造上の問題にあると捉え、どのような構造問題があるかを紐解く。
 内水面漁協の現状として、例えば平成22年度の調査研究では、全体の47.9%の内水面漁協が赤字であった。また、行使量+遊漁料収入と、増殖経費だけを見た収支では、ギリギリか0円以下の赤字であり、これらは漁協の事業管理費(人件費や賃貸費等)は含んでいない状態である。他にも、組合長の報酬に関するアンケートでは、結果は平均値が年間約10万円と、基本ボランティアベースでの運営がされている状態である内水面漁協が多数であることもわかる。赤字続きの組織は当然維持できず、最終的に行き詰った内水面漁協は解散を選択する。
 内水面状況の背景として、現在の漁業法は、1949年に制定され、海水面の制度をベースに、第5種共同漁業権として内水面漁業の権利を認めており、漁業権は知事による免許制となっている。その漁業法は基本明治時代に制定された漁業法を元に、従来の慣習を基盤として、地域漁民に地域運営による魚資源の占有権を認め、その代わりに公的財産としての魚資源への全国民のアクセスを排除しないよう一定のルールを定めている。
 ただ、内水面環境においては、制定当時と異なり、自家用車が普及し、地域以外の人がアクセスできるようになったこと、生業や生活の糧ではなくレジャーとしての遊漁がほとんどを占めるようになったこと、事業の組織化が進みサラリーマン化の進展により地域自治が薄れ漁協活動も高齢者しか活動出来ない状況になったこと、等多くの前提環境が変化している。これら前提により、内水面漁協は地域内への責任としての魚資源の増殖及び調整役という「運営」から、公的資源の川環境全般の保護や競争環境となるレジャー産業での収益源を担う「経営」まで含めた幅広い役割を求められるようになっている。
 この前提環境の変化に対し、制度面も大きく見直す必要があると考える。魚のいない環境で漁業も遊漁も出来ないが、内水面資源はすぐに枯渇するため、資源管理を行う主体は必須と考える。その上で、基本方針として①自立して持続可能な資源管理組織の運営制度作り ②地域・水産資源・自然環境のバランスをとり発展と調和を保つ を上げ、漁協+民間組織での選択肢可能性や、「経営」上重要な遊漁料徴収と増殖に関する制度課題や変更案を提示する。

内水面漁協が果たす多面的機能維持活動への社会的意義評価に関する一考察

鈴木 聖子(水産庁)

内水面漁業は、遊漁利用を含む水産物の供給といった本来的機能に加え、河川・湖沼を持続的に利用するための漁場管理等を通じて、自然環境や生態系の保全、減災機能、国民が自然に親しむことができる釣り場や自然体験活動の場の提供等の多面的機能を有している。
 この多面的機能は、都道府県知事から漁業権を免許された内水面漁協による資源の増殖や漁場管理等の活動により、その機能が発揮されているといえるが、内水面漁協をとりまく環境は厳しく、人口減少や高齢化により組合員や収入が減少するなか、気候変動に伴う環境変化や災害の多発等による内水面水産資源の悪化、カワウ・外来魚等の漁業被害等により、このような活動の継続が一層困難になっている。
 加えて、内水面漁協の組合員の大部分は漁業が生業ではなく、販売を目的としない採捕者(地元の釣り人)が占めているという構造から、現場で山積する課題を踏まえてもなお、組合員を確保し、漁協を存続させる動機が見出し難い状況にある。内水面漁協の解散等により資源の増殖や漁場管理等の活動が停止した場合の影響は、本来的機能よりも多面的機能の方が大きいと考えられ、漁場の荒廃や生態系の悪化は、国民へ不利益をもたらす。これを回避するために行政が関与する場合、結果として行政コストの増大を招き、その負担は国民に課されることになる。
 現在、国は内水面漁協の体質強化を図るため、電子遊漁券システムの導入や環境保全活動への取組に対する支援等の施策を展開しているが、国家予算が限られる中で、内水面関連予算の安定的な確保には課題が多い。
 本報告では、内水面漁業をとりまく環境や社会情勢の変化を踏まえ、今後、地域を維持し多面的機能を持続的に発揮していくため、これまでほとんど議論されてこなかった税制上の措置の可能性について検討する。内水面漁協が果たしている役割を踏まえ、多面的機能維持活動に要する費用を誰がどのように負担すべきか、行政機関の予算による財政的支援に囚われず、安定的な財源確保の手段として税で賄うことができないか、二つの事例を考察し論点を整理する。
 一つ目の事例としては、河口湖において導入されている「遊漁税(法定外目的税)」を考察する。遊漁料に付加されて徴収される同税を原資として、河口湖や湖畔の環境保全・美化活動及び駐車場・トイレ等の施設整備が行われおり、地域レベルで内水面環境整備の受益者負担を求めるケースである。また、類似する事例として、釣具やボートエンジン燃料等への課税を原資とした基金を元に、魚類資源の管理や釣り振興のためのプロジェクトを展開する米国の「SFR(Sports Fish Restoration)信託基金制度」を参考に取り上げる。
 二つ目の事例としては、令和6年度から国内に住所のある個人に対して年額1,000円が課税される「森林環境税(国税)」を考察する。森林の有する地球温暖化の防止、国土の保全、水源の涵養等の公益的機能は、全ての住民の生活に恩恵をもたらしている一方、林業の担い手不足や、所有者、境界が不明な土地により森林の経営管理や整備に支障を来しているとして、その機能を十分に発揮させるため、住民の税負担により森林整備及びその促進等に要する費用を安定的に確保するケースである。
 いずれの事例からも、内水面環境整備における税制上の措置の実現には、内水面漁協らの活動により発揮されている多面的機能が、地域住民に恩恵をもたらす公益性を有することをできる限り定量的に評価し、国民理解として定着させることが必要不可欠と考えられる。そのためには、内水面漁業・漁協の現場に携わる行政・民間・教育・研究機関が中長期的視点に立ち、課題認識や目標を共有しながら連携して取組を進めていくことが重要であり、本報告をきっかけに議論が活性化し、国民運動や機運が高まっていくことを期待する。